- オフィスインタビュー
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「地球規模」「ワークスタイル」「ワークプレイス」「人」の4つの階層で考えたオフィス設計。キンドリルジャパンの新オフィス
世界最大級のITインフラストラクチャーサービスプロバイダーであるキンドリル。その日本法人であるキンドリルジャパン株式会社(以下、キンドリル)は、2024年1月に本社を六本木ヒルズ森タワーに移転しました。オフィス作りを担当した技術理事(Distinguished Engineer; DE)である一級建築士 前田啓介さんにお話を伺いました。
工学修士で一級建築士として建築事務所で勤務後、1997年に日本IBMに入社。顧客企業のオフィスやデータセンターの設計、ファシリティマネジメント、環境デザインなどの業務に携わる。キンドリルジャパンでは、最先端技術を活用したワークプレース変革の取り組みや、ITが支援するサスティナブルビルディング、データセンターに関するファシリティコンサルティングなどに携わる。建設業としての各種工事の実施も担当。本社移転プロジェクトの総責任者も務めた。
目次
分社を機に、本社移転を実施
まずは御社についてお聞かせください。
キンドリルは2021年11月にIBMから分社した企業で、一言で表すと「ITインフラストラクチャーサービスプロバイダー」です。全世界に約8万人の社員を抱えております。
ITインフラストラクチャーサービスプロバイダー、聞き慣れない言葉です。どういったことを行っているのでしょうか。
水道や電気などライフラインと同じことをしているとイメージしていただければと思います。飛行機や電車や金融機関など、私たちが生活を送る際に利用するこれらの企業の裏側には、必ずITがあります。私たちが安心して暮らすためには、ITシステムが安定的に稼働していなければなりません。弊社のブランドアイデンティティは「社会成長の生命線」。社会に欠かせない基盤を担い、お客様をご支援している会社です。
前田さんは建築士として今回のオフィス作りに携われたと伺っています。IT企業に建築士の方がいらっしゃることが不思議だなと感じたのですが、どういったご経歴で今に至るのでしょうか。
私にとってキンドリルは4社目です。所長と先輩と私という小規模な建築デザイン事務所からキャリアをスタートし、そこから組織建築設計事務所を経て、IBM、キンドリルという流れになります。2社目ではリゾートホテルや博物館、複合施設の設計に携わっていたのですが、あるきっかけがあってIBMに呼ばれたんです。違う領域で経験を積みたいと思ったので、その申し出を受けました。
ITインフラの安定稼働のためにはそれを支えるデータセンター空調や耐震など、物理的な環境を整える必要があります。そのため、電気設備や空調設備の専門家が行ってきたわけなのですが、私は建築デザイナーとして建築そのものの設計を担当するを期待されてIBMに入社しました。当時でいうインテリジェントビルディング、今でいうIoTやスマートビルディングの設計を行うためですね。
当初から、自社オフィスにも携わられていたのですか?
いえ、そういうわけではありませんでした。弊社のファシリティの専門家は2つの部署に分かれているんですね。1つがお客様向け、もう1つが社内施設向けの設計を行う部署です。そのうち、私は前者に属しているため、基本的にはお客様へのサービス提供が私の仕事なのですが、今回はこれまでの経験を生かして、私が本社移転プロジェクトをリードすることになりました。
本社移転がこのタイミングだったのはなぜですか?
1番大きいのは分社化ですね。法人が変わったのだから、ワークプレイスも分けましょうと。前オフィスは間借りしていたようなものでしたから、独立した本社を持つことはやはり重要なことでした。
移転にあたり、どのようなオフィスを目指されたのでしょうか。
大きく4階層に分けて整理をしました。まずは「地球規模」。これは地球人として、我々キンドリル、そして家族がどうあるべきなのかという大きな話です。次が「ワークスタイル」。これは働き方そのものを指しています。
そして「ワークプレイス」。働き方を支える物理的な場ということですね。そして、その場にいる主人公である社員、そして社員の家族という「人」です。地球に住んでいる人間として、どのような働き方がいいのか、どう環境について考えればいいのかという視点で考えました。今の時代、サステナビリティやCO2の削減は除外できないもので、地球規模の課題ですからね。
弊社では、2022年10月から「フレキシブルワーク制度」を実施しています。これは「ポストコロナを見据えて、ビジネスニーズと社員一人ひとりの働きやすさの両立を目指す」目的のもとに制定されたものです。このワークスタイル実施の背景に「従業員エンゲージメント向上」があります。これは似た言葉である従業員満足度とは少し違っていまして、弊社は社員同士、あるいは社員と会社が信頼し合って自分のパフォーマンスを発揮できることを目指しています。
では、従業員エンゲージメントや信頼度を高めるにはどうしたらいいのか。それが「デジタルとフィジカルの融合による新しい働き方の実現」で、4階層のうち「ワークプレイス」に該当する話になります。
従業員エンゲージメントが向上する働き方を支えられるワークプレイスを作れれば、地球環境にも貢献できる。僕ら社員がデジタルとフィジカルを融合しながら働き、従業員エンゲージメントというワークスタイルを作り、そんなワークスタイルの会社であるキンドリルが地球環境に対してもしっかり貢献していく。そんな4階層を描きながらオフィス作りを行いました。
「従業員エンゲージメント向上」を実現するキンドリルの新オフィス見学ツアー
「従業員エンゲージメント向上」がコンセプトのキンドリルの新オフィス。オフィスを見学しながら、詳しくお話を伺いました。
グローバル で統一感のあるエントランス
エントランスの壁面の木材の素材や幅、ロゴを掲示する高さはグローバル共通のデザインガイドラインに沿って作っています。
ロゴはピンを使って少し浮かせているんですよ。ロゴの色は「ウォームレッド」で、キンドリルのブランドカラーを使っています。
執務エリアと繋がる通路を兼ねたスペース
和の小物が印象的ですね。
これも日本の文化を感じられるものをと準備したもので、グローバルな会社でありつつも各国の文化を大切にしています。
ウォームレッドの銅の折り鶴は、今回の移転に関してご協力頂いたある企業様より特注でいただいたもので、世界で1つだけのものなんですよ。
エントランスから見て向かって左側はKyndryl Vital Studio(キンドリルバイタルスタジオ)と呼ばれる、いわゆるデザインシンキングのような活動を行う場です。この部屋はガラスのスライドドアで仕切られているので、開け放つことができます。小物が飾られている棚、その間にある家具も動かせるものばかりですので、オフィス全体を大きく1つの講堂のように使えるよう設計しています。たとえば大きく使う際には、奥まで発表者の声が届くように天井スピーカーの設置や、サブモニターも設置できるよう事前配線等の工夫をしています。これで、全社的なイベントや各種大型会議ができるようになりました。もちろん、ハイブリッドでの会議も可能です。
デザインシンキングに使うKyndryl Vital Studio
ここがKyndryl Vital Studioです。天井吊りプロジェクター2機と移動可能なカメラとマイクの機能が入っている液晶モニターが3台用意してあります。カメラは追尾カメラです。キャスター付きの椅子は、ブランドカラーのウォームレッドに近いものを選んでいます。
家具は基本はすべて移動式。電源は床に設置しています。
壁面には取り外し可能なホワイトボードを設置していまして、グループに分かれて話し合うときには、それぞれの場にホワイトボードを移動できます。
おかげさまで稼働率は高いと聞いています。使ってもらえていてうれしいですね。
広々と見渡せる執務エリア
達磨が飾られていた反対側が執務エリアです。
座席はフリーアドレスですか?
はい。社長室以外は全員フリーで、役員も含めて固定席なしです。以前は執務机に低めのパーテーションがあったのですが、新オフィスでは取り払うことにしました。物理的な壁は心理的な壁に繋がり、あっていいことがないなと思いましたので。
ここは休憩に使えるwell-beingスペースです。人が自然と集まって会話が生まれる場所をいくつか作っていまして、そのうちの1つですね。Well-beingスペースは1番眺めがいい場所に作りました。狙い通り、人が集まってくる場所になっています。
高層階を選べたため、眺望の良さに恵まれました。この眺めは財産ですね。おかげで開放感のあるオフィスにできました。
執務エリアのうち、窓の反対側は床の色が違うんですね。
通路を挟んで壁際に4人で使える机を用意しています。オープンディスカッションコーナーとして使ってもらいたいという狙いがあってのことだったのですが、その狙い通りに活用されているようです。
キンドリルのカルチャーである「キンドリルウェイ」には、「フラット」「ファスト」「フォーカス」というキーワードがあります。このうち、「フラット」と「ファスト」に基づくワークスタイルとして、わざわざ会議室を予約して会議を行わず、「早く、クイックに」オープンディスカッションを推奨したいと考えてこの場所を作りました。
空いている席を探すだけで、すぐにディスカッションができますね。確かに「ファスト」です。
そうなんです。ここも含め、予約なしで使える場所を点在させました。
床にあるこちらは?
身長ごとの歩幅です。少しだけその身長での一般的な歩幅よりも大きめに設置しているので、これを意識して歩くと運動になるんですよ。ちょっとした遊び心で入れたものです。
オープンエリアでは集中できない人・仕事時にこもれる場所も用意
フラットでオープンな空間が働きやすいと感じる人ばかりではありません。こもって集中したいときのための部屋も用意しています。ちなみに、私は閉所恐怖症ぎみなので、こうした部屋では逆に集中できませんが。。。
こもれる部屋を含めてほとんどの会議室には、「水」をテーマにした名前を付けました。水をテーマにしたのは、「社会成長の生命線」でうたっている「生命」に欠かせないものだから。全社員から名前を募って名付けました。ボトムアップアプローチができて良かったです。部屋の大きさや位置関係も考えて名前を付けているんですよ。
部屋の中にも部屋名がわかるパネルを付けました。これらのプレートもグローバル全体で統一感のあるデザインでつくられています。
前田さんは閉所恐怖症ということでしたが、私にとってはかなり居心地がいいです。集中できそう……。
パソコンを開かなくてもリモート会議ができるよう、最新のリモート会議ソリューションを入れています。
テーブルにも会議室名のプレートを置いています。
このQRコードは何ですか?
会議室の使い方を知りたいときにそこのガイドに飛ぶためのコードです。
奥に見えるカウンターも、偶然会話が生まれるよう設置したものです。社内便の受け取り場所があるので、取りに来たときに窓際に座っている人を見つけて話しかけることができるんですね。実際、私もここで久々に顔を合わせた人と話したことがあります。
機械が主役のサーバールーム
ここは機械が主人公の部屋ですね。お客様にデモをするためのサーバールームで、お客様にハイセキュリティエリアのサーバールームに入っていただかなくとも、ガラス越しに説明できるように設計しています。
サーバールームに行くまでのスペースにはモニターを設置しました。会社の映像を流し、歩いていくときに目に入るようにしています。
今回、オフィス作りに携わってみていかがでしたか?
プロジェクトを任せてもらえたことに感謝ですね。ファシリティの専門家で自社オフィスの移転総責任者になれる人はそうはいないと思っています。プレッシャーもありましたが、 貴重で幸せな経験ができました。
変化するワークスタイルを敏感に捉え、変化するワークプレイスであり続けてほしい
移転後の社員への調査で、「出社を推奨する」と回答した人が過半数だったという前田さん。外部の方からも「眺望に圧倒される」「広々としていていいですね」と好評なのだそう。
今後のオフィスについて、前田さんは「立ち止まらないで成長し続けるオフィスであってほしい」と語ります。
「ダーウィンの進化論では、生き残れる種は変化し続けるものだけだと言われています。IT企業もまさしくそうでしょう。5年後も『従業員エンゲージメントだ』と言っているようではダメで、ワークスタイルも変わり続けなければなりません。そうなると、ワークプレイスであるオフィスも変わるべきだといえます。ただ、それは大掛かりな変化ばかりではありません。ちょっとしたワークスタイルの変化に敏感に反応し、支えられるワークプレイスに変化していってほしいと思っています」
今回のようなオフィス作りに取り組んだことについては、「設計者からすると、何もないところに線を引くほうが面白い」と本音を語った前田さん。ただ、「それでは地球規模の考え方に合わない」と続けます。
「建築はスケルトンとインフィルに分かれます。スケルトンは骨組みや床など、インフィルは内装や電源タップなど。このうち、スケルトンは100年200年もたせる努力を本来はすべきであり、インフィルはその時々の最新技術を反映して、変化していっていいものだと捉えています。スケルトンとインフィルとではライフサイクルが異なるためです」
「オフィス移転の99.9%は徹底的な論理的思考、つまり要件のヒアリングとその分析、合理的な平面計画の検討、スケジュールやコスト管理です。とはいえ、残りの0.1%の『へえ』と思えるものが必要と考えます。この『へえ』がなければデザインとは言えないと思います」と語ってくれた前田さん。地球規模の考えから、活かせるものは活かしつつ、転用できるものは転用し、「へえ」と思えるアイディアを散りばめたキンドリルのオフィス。5年後にはどのようなインフィルの変化が見られるのか、今後の変化が楽しみです。