- オフィスデザイン
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多角的に感じ取る。共に生み出す「オフィス×アート」の今とこれから。
「オフィスにアートを取り入れる企業が増えている。」
会議室や壁面にアート作品を飾るにとどまらず、アートをポジティブにとらえ様々な形でオフィスという空間とアートを同化させていく————
「アートで渋谷の街を伝えたい」と、エントランスにウォールアートを導入したプロジェクトについて関係者を交えてインタビューしました。企業のウォールアートの主体は誰なのか、誰のための物なのか。始まり、プロセス、そして今をたずねると共に「アート」のもつ魅力とは何なのか、「オフィス×アート」のこれからについて考えます。
1988年生まれ。東京都出身。株式会社NOMAL取締役副社長/WASABIアート事業代表/アートライフスタイリスト。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、株式会社資生堂勤務。広報・営業を歴任する傍ら、趣味でアート制作を実施する。2016年株式会社NOMAL創業、アートとビジネスの接点を増やすことやアートを気軽に楽しむ日本を目指して、アート通販サイトWASABIや、オフィスアート壁画制作WASABIなど複数のアート事業を経営する。
株式会社NOMAL official site
福岡出身。10代の頃からグラフィックデザイン及びアートに携わる。九州産業大学芸術学部デザイン科を経由し、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン3年次編入、中退。NYや海外のストリートアートやミューラルにインスパイアを受け、現在は都内を中心にオフィスや店に数々のウォールアートを絵画する。色彩豊かに、パワーに溢れたタッチが特長的。リアルイラストレーションからデフォルメ、デザインまで見た物を応用して新しく作り出し、美しさや魅力的な理想を追い求める。
最近では、ARTBATTLE 2019 TokyoでChampionに輝いたり、L’Arc〜en〜CielのTetsuyaのベースにアートを描くなど、近年注目されているアーティストの1人である。
artsit KATHMI official site
大学卒業後、外食チェーンの店舗開発を経て、2006年株式会社HATARABAに入社。支店・新規プロジェクト立ち上げ等に参画、2014年よりオフィス事業本部長。その後も、新規事業部の設立等事業拡大に寄与。2017年より取締役に就任。数々のITメガベンチャーの成長をサポート。趣味は美術館と博物館めぐり。
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目次
始まりは小さなきっかけ。アートは“プロセス”にこそ力がある
平山さんには以前NOMAL社のオフィスツアーで「オフィスに、アートを」という想いをお聞かせいただきました。
今回は株式会社HATARABAのエントランスにウォールアートを描いてくれたアーティストのKATHMIさん、内装プロジェクトを牽引したイルミナ社の佐藤さんもお招きして、実際にウォールアートがどのように描かれていったのか、そしてそのウォールアートはどういう存在となったのか、それぞれの視点からお話をお聞きしていきたいと思います。
まずは皆さんの自己紹介からお願いします!
私自身は大学卒業後に化粧品会社で営業・広報として勤務していました。敷居が高いと思われがちなアートをカジュアルに親しんでもらえたら、と手探りでスタートさせたのがNOMALという会社です。2016年に創業しました。
NOMAL社の事業の柱は2つで、額に入るような持ち運びできるサイズの絵画アートのECサイトと、オフィスなどの空間にアーティストと二人三脚でオーダーメイドでアートを作りあげていくことです。
化粧品からアートというのは何かつながりがあるのでしょうか?それとも平山さんご自身も何かアートに携わられているのでしょうか?
そうですね。私自身子どものころから絵を描くことが好きで、学生時代もグループ展をしたりと、アーティスト仲間がいる環境でずっと過ごしてきました。その中で「アートのマーケティング」という点に興味を持ち、ビジネスとしてスタートさせました。KATHMIさんもそうですが、複数のフリーのアーティストたちと共に活動しています。
ウォールアーティストのKATHMIです。グラフィックデザインやアートは10代のころから描いていました。夜中絵をかいて昼間は学校で寝る、そんな高校生でしたが、在学中からアーティストとして活動しています。
大学で商業デザインを学んだのち法人化し、アーティストとしてのフリーの創作活動がメインになりますが、今回の様に、平山さんのようなエージェントと共に一緒に作品を仕上げていくアート活動も多いですね。
壁画を主に手掛けているのですが、サイズは様々で、キャンバスほどのスペースから、大きいものだと全長60mの廊下の壁面に描いた事があります。あまりの広さにサッカー場?!と思ったほどです。
あれは本当に大きかった。プロパティマネジメントの一環として依頼いただいた案件でした。
すごく大きいですね!仕事柄、オフィスのウォールアートを見る機会は多い方ですが、そのサイズ感はちょっと圧巻ですね。
イルミナは「はたらくを 明るくする 新しくする」というコンセプトでオフィス空間のプロデュースや建築のコンサルティングなどを行っている会社です。
私自身はグループ会社でもある株式会社HATARABAも兼務しており、オフィス空間そのものをご紹介するという仕事を18年程行っています。
皆さんありがとうございます。今回のウォールアートプロジェクトはどのように始まったのでしょう。
実は、当初から明確な目的があって「これをウォールアートで表現しよう!」とスタートしたわけではないんです。
もともとはHATARABAのエントランス付近に会議室を増設するプロジェクトをイルミナで進めていたのですが、その過程でエントランスに大きな壁ができてしまう。
「せっかくだから何か絵画でも、オフィスに来た方の目に飛び込むようなものを飾りたいね」「それなら渋谷を表現したものがいいよね」というところから始まりました。
お仕事柄、様々なオフィスをご存知なので、エントランスを工夫されている会社さんもあったと思うのですが、ウォールアートに行き着いたのは何か理由がありますか?
当初はキャンバスに描かれてあるような絵を飾ろうかなと思いつつ、作品を探したりもしていましたが、それだとありふれているかなとぼんやり考えていたんです。
ちょうどそのころ、NOMALの平山さんにお会いする機会があり、会話の中で今回のウォールアートプロジェクトが具現化したんです。
フランクな雑談から始まりましたよね(笑)。
平山さんからお聞きしたウォールアートの魅力に惹き込まれて、直ぐにウォールアートに切り替えました。
イルミナの「はたらくを 明るくする 新しくする」というアイデンティティと、この渋谷という街を、ウォールアートという形で表現したら面白んじゃないかと。
平山さんのアートへの想いや他社の事例、NOMALさんのアートへの向き合い方も素敵だったんです。
平山さんのアートへの想い、ぜひお聞かせください。
私自身、アートはカジュアルな入り方でいいと思っています。深い理由や目的を考えるより、ちょっとした感情や、ふと思いついたアイディアがアートにつながる、そんなイメージです。
ここ数年でウォールアートを導入する企業は劇的に増えたと実感しています。当社の依頼件数でいうと2019年と比べると、2023年時点で約10倍です。すごいですよね。
企業ごとの導入目的を因数分解して考えてみると、ブランディングのため、コミュニケーションを図るため、エンゲージメントを高めるため、などの狙いが確かに存在しています。
ただ、実際に私自身が企業のプロジェクトを伴走して感じている点は少し違っています。
ウォールアートの導入そのものを決めるのは、ビジョンやミッションといった会社のコアなものを伝える為。
そして、ウォールアートを作り上げていくプロセスの中でコミュニケーションが生まれ、結果的にエンゲージメント向上につながっているのではないか、ということです。
だからこそ、我々NOMAL社は、お客様である企業とアーティストが共に、アートを作り上げていくという「プロセス」を重要視しているんです。具体的にはワークショップを行うなど、アート制作に従業員の方も直接かかわってもらうという事です。
私達アーティスト側からしても、平山さんとの仕事はいつもスムーズです。お客様の意図を汲んだ概要書は非常にわかりやすいですし、アーティストの個性や強みとのマッチングもばっちりです。
オフィスのアートは本当に会社ごとの違いが明確にでて面白いんです。実際そこへ行くとその企業が持っている独特の雰囲気や感性、文化、人柄など色んな事が分かります。それをすり合わせ、微調整しながらウォールアートを仕上げていくんです。
確かにここ数年、コロナもあり、働き方が多様化し、オフィスに求められるものも変化しています。その変化をどの様に表現すべきか答えが見つかっていない。そんな経営者の方も多いと感じています。
そういった企業ごとのまだ見つかっていない答えを表現するための一つの手段として、オフィスにアートを導入する。そういうプロジェクトが広がっていけば良いですね。
先ほどもお話しましたが、イルミナはオフィス空間のプロデュースをしているので、アートを取り入れた内装デザインという事も今後サービスとして展開できればという思いもあります。
アートで「渋谷」を伝えたい。ウォールアートが出来上がるまで
なるほど。興味深いお話ですね。それでは今回のエントランスのウォールアートの「プロセス」について、もう少し具体的にどう進んだのかお聞きしても良いでしょうか。
佐藤さんから正式にオーダーをいただいた後、NOMAL社で抱えているアーティストのポートフォリオから、KATHMIさん含め数名のアーティストをご紹介しました。
NOMAL社としてはアーティストごとのポートフォリオとして、過去の作品だけではなく、人柄や意向、考えなども把握しています。
「渋谷という街を表現したい」という事だったので、各アーティストのカラーで魅力的に表現できる方として、過去の事例やポートフォリオと共に候補としてお出ししたのですが、KATHMIさんを即決でしたね。
そうですね。平山さんが、我々の想いや考えをしっかり汲んでくれて、ご提案してくださって、ドンピシャのアーティストさんだなと。
ちなみに、今回のようなウォールアートをオーダーする場合、ラフ案でコンペするというようなことはあるのでしょうか?
いえ、それは基本的には受けてないですね。ラフ案で選ぶというより、アーティストとのマッチングをしています。
ラフで判断されるのではなく、アーティストそのものをご理解いただき、共に作品に取り組んでいただく、という考えです。
ですから、責任をもってアーティストを選んでもらい、そこから会社側にも入ってもらってラフを重ね、作品を作り上げていっています。
なるほど。ここでもプロセスが出てきますね。アーティストであるKATHMIさんとしてはどの様にアート作品を仕上げていかれましたか?
今回「渋谷」という街を表現したいということで、まずは平山さんから概要書をいただきました。私自身のアートの強みであるパワフルさを活かして色彩豊かに渋谷を描けるのではないか、と作品のイメージはわきやすかったです。
その上で実際に訪問し打ち合わせを行い、会話を重ね、現地の雰囲気を感じ取ることでより具体的なデザインにつなげていきました。
そうですね。打ち合わせを経てラフ案を作り、イメージをすり合わせて実際にエントランスに描くアートのデザインをつくっていきましたね。
こちらの会社で印象的だったことは、制作中に従業員の方が代わる代わるのぞきにくるんです。
まるで好奇心旺盛な小学生が「何やってるの?」と集まってくるように、色んな人が色んな事を聞いてきて、色んな感想を口にしていく。従業員の方だけでなく、外部の方もフランクに話しかけてくれて、そういう社風も含めて、人懐っこくて、可愛らしくて、クリエイティブな方が多く。
そういったところは現地で実際に作品を描いている中で、微修正しながら加えていきました。
とても楽しく描くことができましたよ。
それは良かったです!ただ、スケジュールがタイトだったともお聞きしましたが・・・
急に話が進んだプロジェクトだったので、その点はご無理を言いましたね。
通常のウォールアートですと、ワークショップを重ね、コミュニケーションの中から生まれるエッセンスを拾って具現化していくのですが、今回はわずか1ヶ月という非常に短い期間でした。ですから、そこも含めて対応できるアーティストのKATHMIさんを紹介したというところもあります。
KATHMIさんは最新のテクノロジーを駆使される方なんですよ。
商業デザイン出身という事もあり、他のアーティストさんと比べるとテックに詳しいので、そういったツールを生かして何とかスケジュールに合わせました。
テックというと具体的には?
画像生成AIなどです。過去の私の作品をAIに学習させているので、プロンプト・エンジニアリングでヒアリングした内容を指示したりしながら画像補助を使って、イメージのすり合わせのためのラフ案を生成する、という感じです。
実際に描くのはアナログなので、AIはあくまで制作までのプロセスや、情報の整理、コミュニケーションのためのツールとして使っています。
へえ!そうだったんですね!知らなかったです。今回のスピードの裏にはそういったテクノロジーもあったんですね。
新しいテクノロジーも使いますが、やはり現地に来てその空間を自分で見て感じる事が一番重要です。照明や人の動き、社風など、肌で感じ取れることを、作品づくりではより大切にしています。
渋谷は特別な街。渋谷を表現したウォールアートが伝えるものは?
今回のウォールアートのポイントを教えてください。
今回のアートは、渋谷のシンボルであるスクランブルスクエアや、その周りの高層ビル、人々の賑わいを描きました。と言っても、ダイレクトに人物は描いていないのですが、「渋谷」という街のもつ構造や多様性を、アートの色合いやタッチから感じてもらえたらと。
今回、抽象度を上げて描いてくれたことで、見る人によってはそれが何かわかったり、感じ方が変わったり。それこそが魅力かなと感じています。
描いている途中でも、見る人によって街の記憶が違うのか、会話がバラバラで面白かったです。なんだかの記憶の引き出しを開けているようで。
写真だと一つの具体的なイメージにしか繋がらないのですが、抽象的なアートだと多角的なイメージを持てる。そこがアートの魅力でもありますよね。
確かに「多角的」という言葉は今回のウォールアートを言い得ていると思います。
実際にアートができてから来客した方が「わあ!いいですね!凄いですね!」と、声を上げてくれるのですが、面白いのはその後に続く一言なんです。「渋谷の全体像なんですね!」「これって〇〇タワーですよね」「渋谷のイメージはこの色合いですよね」など、本当に千差万別なんです。
そして、それこそが渋谷の持つ多彩な文化が集まっている様子を表していると思っています。とっても気に入っています。
そのように感じてくれて嬉しいです!アートっていいですよね!
我々の事業である「オフィス」という空間を見ても、他のエリアに比べて先進的な考え方、多様な価値観を持っているのが渋谷だと思っています。
オフィス=作業場という、かつてのイメージがまだそのまま残っているエリアもある中で、渋谷は非常に感度が高い街です。
私達も渋谷は特別な場所だと思っています。アートやデザインを取り入れる場所が多く、新しいものにどんどん挑戦していくとても面白い街。その街のもつイメージを今回のアートで表現できたなら嬉しいです。
NOMAL社のウォールアート事例からその魅力を探る。
ここからはNOMAL社がこれまで手掛けたウォールアートの事例を紹介しながら、アートのもつ力や可能性を探っていきます。
創業者の一人でもある平山さんがこれまでを振り返って紡いだ言葉にも、NOMAL社らしさがにじみ出ているのでご紹介します。
オフィスアートのビジネスは、私自身がサラリーマン生活の中で、ひどく疲れを感じているときに「ここ(オフィス)にアートがあればな」と感じたという非常にパーソナルな部分から始まっています。ただ、この個人的な感情が「オフィスにアートは求められるようになる」というゆるぎない根幹部分でもありました。
時を経て、世の中から必要とされ、今、ビジネスとして「オフィスアート」が存在できている。これは本当にすばらしい事、ありがたい事だと感謝しています。
アートはオフィスにとどまらない。街×ワーカー×企業のつながりをアートで
下北沢ビッグベンビルに個性的な5名が描いた「下北らしい」ウォールアートです。
「人々の痕跡」(=残像や息遣いなど、今までも人が生きていたことを感じさせるもの)というメインコンセプトでビル全体の内装リニューアルがスタートしました。
いままで(過去)とこれから(未来)が生み出されることを目指して、「下北らしさってなんだろう?」という話し合いからプロジェクトはスタート。
描いた場所は外壁、共有スペース、非常階段と様々。独創性溢れる5名のアーティストが個々に描くアートが下北の文化や痕跡を伝えています。1階エントランスには5名の合作がサムネイルの様に並んでいます。
ワークショップを重ねて「ビジョンやミッションの浸透」を
「ビジョンやミッションの浸透」させたい、という目的のため、どんなアーティストがどんなアートを制作したらいいか、というブレストから始まったプロジェクト。
豊かな物語性を表現できるアーティストがワークショップで感じたのは従業員の会社に対する想いや、一人一人の個性や美意識を尊重するオープンな姿勢。
羽が合わさり一つの鳥になって飛んでいくような希望に満ちた立体的なアートには、従業員が一つ一つ作った星も混ざっています。「それぞれの星を作るワークショップ」を導入した背景は、「価値が届くには星の光のように時間がかかる時もあるから(アーティストより)」とのこと。未来へ向かい羽ばたく希望のアートに仕上がりました。
普通なら隠したいところもアートの一部になれば価値が変わる
社員が集うリラックススペースの天井へのアートです。
天井部分だけでなく、露出している配管部分まで繋がるように多面的でカラフルにペイントしました。
まるで配管を侵食するかのように描かれたアートの中には、社名である「automation anywhere」のローマ字やひらがなが隠されていて、思わず話題にしたくなるような遊び心があります。
アートは友達くらいのカジュアルさでいい。アートとオフィスの未来とは
「オフィス×アート」の意味や答えを見出そうとインタビューをお願いしましたが、少し違ったようです。日本で暮らしているとアートはまだ遠い存在。どの様にアートに親しみ、取り入れ、活用すべきか。そんなヒントを伝えるインタビューを、というのは間違った先入観だったかもしれません。
『今は、理由があってアートを導入する企業が多いのですが、本当は理由なんてなくてもいいと思っています。「この絵が好きだから買ってみる」「適当に飾ってみる」それくらいのカジュアルさがいいんです。
そんな風にカジュアルにアートを取り入れるようになれば、日本の文化や伝統、アートを企業が守る事にもつながる。そうなったら理想的です。』と語る平山さん。
会社の文化や社風は変わっていくもの。「担当アーティストとして企業について、企業の変化や進化と共にアートもアップデートさせていく。」そんなオフィス×アートの未来をNOMALの平山さんは見据えているようでした。